明るい鏡~本当のわたし、そしてあなたを映し出す

札幌のトラウマセラピスト、藤原ちえこのブログです。癒しにまつわる話、日々の出来事、宇宙のしくみ、特別養子縁組で迎えた我が子のこと等々、雑多に気まぐれに書き綴っています。(当ブログはリンクフリーです。皆様のお役に立てればとてもうれしいです) プレマカウンセリングルーム ©2007-2017 Chieko Fujiwara 

逃げるのは全然恥じゃないし、とっても役に立つからね!


皆様、

こんにちは。

何と、2日連続のポストです。すごい・・・(爆)。

ものすごーく不調だった9月〜11月を乗り越え、
最近の私は、何だか幸せでやる気に満ちていることが多く、
(もちろん疲れることもありますが・・)
ちかごろはそのやる気を家の片づけや掃除に回していたのですが、
そのやる気がブログにも配分されてきたようです(笑)。
またいつ配分が変わるか分からないので、やる気があるうちに書いておくことにしました。

さて、大ブームになった「逃げ恥」終わりましたね。
ほとんどテレビを見ない私は全然ブームに乗れていなかったのですが、
保育園のママ達の忘年会で、今年入ったばかりの若くてすごく可愛い(ほんとにガッキーなみに可愛い♡)保育士さんがカラオケで完璧に恋ダンスを踊っているのを見て刺激され(笑)、ようやくネットでダイジェスト版を観て、その後何話かをネットで観て、最終回だけ生で観ました。
ほのぼのとした良いドラマでしたよね(と全部観てない私が言うのも何ですが 笑)。

私は特に、タイトルがすごく気に入りました。
「逃げる」ことの大切さについては、私はどんなに強調しすぎてもしすぎることはないと思っていて、
ちょうど2年前に、こんな記事も書いていますが、


ふたたびここで、今度は、自分の経験も交えつつ、さらに逃げることの大切さを力説したいと思います。


昨日のクリスマスに、昨年の同じ日に過労で自ら命を絶った電通の高橋まつりさんのお母様が手記を発表されました。
本当に痛ましいことです。


私はその昔、労働時間だけは電通なみにブラックな、某新聞社で働いていました。

私は昔から、寝ることが大好きな人間で、
疲れては寝、失恋しては寝・・・・、と、何かあるとすぐに布団を敷くような学生生活を送っていたので(笑)、
新聞記者として働き始めて、最初に悲鳴を挙げたのが、その勤務時間の長さでした。

朝はまあまあ普通の出社時刻ですが、警察回りが仕事の事件担当だと、帰宅は毎日午前零時を回ります。
道警の夜勤担当だと、勤務時間は降版(朝刊の最後の版が印刷にかけられる時間)の午前2時までが勤務時間で、
翌日は普通に勤務ですし、
泊まり勤務も仮眠室に行くのはもちろん午前2時すぎ、翌朝は7時だかには席に着いて、そのまま普通に夜まで勤務。

睡眠時間、激短(当社比)。

おかげで私、勤務一週間目にしてキレてしまい、当時の直接の上司だった先輩記者に電話して号泣した覚えがあります(笑)。

私が幸運だったのは、その先輩がこう言ってくれたことです。

「朝から晩まで働いていたら身体が持たないぞ。
昼間に時間見つけて適当にサボれよ」

・・・はい、そうさせていただきました。

札幌市内のとある公共施設の一角に、人がほとんど来ない、座り心地の良い一人がけソファがあるスペースを発見し、
夕刊の締め切りが終わるとそこで昼寝。
山形に転勤したときは、午後になるとよく、馬見ヶ崎川の川沿いの交通量がほとんどない道に車を停め、その中で昼寝。
細切れ睡眠で何とか睡眠時間を確保していました。
(睡眠ラブの私にはそれでも全然十分とは言えませんでしたが・・・)



もっと派手に仕事から逃げたこともあります。

もう時効だから書いてしまいますが、
記者2年目か3年目のとき、私がものすごくエネルギーを注いでコツコツ取材していたある事件があありました。
それを10回ほどの連載にまとめてデスクに持っていったところ、
いろいろと文句をつけられ、何度も書き直させられ、
あげくの果てにはボツにされてしまったのです。

こちらとしては、記者生命をかけるくらいのつもりで書いた原稿だったので、
そのときは激しく激しく落ち込みました。
(今でもそのときの原稿は悪くなかったと思うし、少年事件だったので結局は今の仕事にもつながっており、あの取材は決して無駄ではなかったと思っています)

もう記者をやめようかと思うくらいだったのですが、
その時も、信頼できる先輩や友達の助言を受け、何とか辞表は出さずにすみました。
その代わり、病院へ行って、医者に「自律神経失調症で2週間の自宅療養が必要」という診断書を書いてもらい、

その2週間、こっそりインドへ旅行に行っていました。
ははは。


その後転勤した山形では、上司にも同僚にも取材先にも恵まれてのびのびと仕事ができ、
新聞記者という仕事の面白みを本当に味わわせていただいたので、
あのとき早まってやめずに良かったと思います。


そして結局は、東京に転勤後、6年間勤めた新聞社を退社することになりました。
理由はひとつではないし、説明すると長くなるので省きますが、
新聞記者という仕事に夢が持てなくなったので、まあ逃げたと言ってさしつかえないでしょう。


退社直後はそりゃあもう、ドキドキしましたよ。

いちおう、世間的には超一流企業で通っていましたし、お給料もよかったし、ステイタスもあるし、
そういうものをすべて手放して、ただの私になっちゃったわけですから。

でも今は心から、あの時やめるという決心をしてよかったと思っています。

組織で働いていたときのように、人からの評価を気にしなくていいし、気が合わない人と無理に一緒に何かをしなくていいし、時間がたっぷりあって完全に自分で自分の生活を管理できるし、
平日にヨガのクラスにも行けるし、お菓子を焼いたり料理を楽しむ気持ちの余裕もあるし、
何より、家族と過ごす時間がたくさんあります。

なんて幸せ。


これもすべて、節目節目で「逃げる」という選択をしてきたからだとおもいます。


「逃げる」ということは、表現を変えれば、
「自分が心地良い方を選ぶ」ということです。
ポイントは、「自分が」ですからね。
「親が」「配偶者が」「上司が」「友達が」じゃないですからね。
これ、幸せな人生の秘訣です。


皆さん、2017年は、嫌なことからはどんどん逃げる年にしましょう。
そしてみんなで幸せになりましょうね。

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皆さんにたくさんの光がありますように。




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by premamft | 2016-12-26 09:51 | 人生のしくみ
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