|
リンク
ライフログ
カテゴリ
最新の記事
以前の記事
2012年 04月
2012年 03月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 08月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 検索
タグ
ファン
|
2012年 03月 22日
皆様、
お元気ですか。 さて、本日いらっしゃったクライアントの方からとても象徴的で素敵なプレゼントをいただきましたので、ご本人の許可を得てこちらにアップしたいと思います。 ![]() さっそくセラピールームの片隅に飾りました。これから日々、私と一緒にクライアントの皆さんをお迎えしてくれることでしょう。 ただ頂いただけでもうれしかったでしょうが、彼女がこれを作れるほど元気になるまでの過程を知っている私にとっては、本当に本当にうれしいプレゼントでした。 セラピストとしての幸せをしみじみ噛み締めた日でした。 2011年 11月 25日
皆様、
こんばんは。 さて、本日のセッションで、とても心を打つことがあったので、クライアントご本人の許可を得てここに記しておくことにしました。 セッション中に、クライアント(40代女性)が突然思い出した、古い古い記憶です。 彼女は中学校時代、ある放課後に先生に呼ばれ、職員室でこう言われたそうです。 「あなたはいつも元気で明るくて、先生たちにも可愛がられているけど、 そんな明るさは薄っぺらいものでしかない。 暗さと明るさが両方あって初めてちゃんとした人間と言えるのよ」 他の先生がたくさんいる前で、教師からこう説教された彼女は、 バケツの水を頭からぶっかけられたようなショックを感じたそうです。 そしてその時以来、それこそ明るくて活発だった彼女は、 とても対人緊張が強くなり、 相手を見て、自分を出してもよいかどうかをいつも気にしながら人と接するように変わってしまったということでした。 それから30年近い年月が経ち、 今日セッションで思い出すまで、 職員室に呼ばれて怒られたことは記憶にあっても、 彼女は先生に何と言われたかはまったく覚えていなかったといいます。 彼女にとって、それは記憶の表面から消し去ってしまうほどのショックな出来事だったのでした。 そして、それを聞いた私も、本当にショックでした。 だって、何か悪いことをして説教されるのならばまだ分かりますが、 彼女が彼女らしく、明るく元気にしていたことで怒られるなんて。 そしてその教師の言葉で、これほど深い影響が、これほど長期に渡って彼女の人生に及ぼされたなんて。 私は彼女とのセッションを続けて3年以上になりますが、 3年経ってようやく表面に出てくるほど、これは彼女にとって深い傷だったのです。 今日その記憶が表面に上がってきたことで、 彼女はようやく、当時大きすぎて感じることすらできなかったショックを感じ、それをプロセスし、癒しへの大きな一歩をさらに進めることができたのでした。 子どもの心に、大人の言葉がどれほど大きな影響を及ぼすのか。 そう考えると、教師という仕事の途方もなく大きな責任に圧倒される思いがします。 逆に、大人の何気ない一言が、子どもに生涯にわたる素晴らしい影響を及ぼすこともある。 私の大好きなテレビ司会者オプラ・ウィンフリーは、 8歳のとき、教会で出会った白人女性が、「あなたは斑の子犬みたいに可愛いくて、本当に素敵な唇の持ち主ね」と言った一言を生涯覚えていたといいます。 何故ならそれが、8歳のアフリカ系アメリカ人の女の子が(彼女の子どもの頃のアメリカは、黒人が平気で「ニグロ」と呼ばれていた時代でした)、生まれて初めて他人から「可愛い」と言われた瞬間だったからです。 何十年も経ってから、その女性と自分の番組で再会したオプラは、 「あなたのその一言が、アフリカで子どもたちを助ける私の動機付けになった。 大人の心を込めた一言が、子どもにどれほどの大きな影響を及ぼすかを私は知ったから」 と語っています。 言葉の持つ力って、本当に大きい。 それをいつも心に留めながら、私も人と(特に子どもたちと)接していきたいと思います。 2011年 07月 28日
皆様、
あっという間に、震災から4ヶ月以上が過ぎてしまいました。 この間本当にばたばたとしていましたが、最近ようやく、他の仕事が一段落してきて、今この時点で私にできる災害支援は何だろうかと考えるようになりました。 5月に七ヶ浜に入って以来、なかなか再び現地に行くのもままならないのですが、 今の私にできるのは、 札幌に避難してきた被災者の方や、震災後現地に入って支援活動を行った方の心身のケアを行うことです。 ということで、以下にお知らせします。該当される方はどうぞお気軽にご連絡くださいませ。また、身近に該当者がいらっしゃる方がいましたら、以下の情報を転送していただけるとうれしいです。 〈被災者の方、被災地支援にかかわった援助者の方への無料セッションのお知らせ〉 対象:被災地から札幌(とその近郊)に避難していらっしゃった15歳以上の方および、 被災地支援に入られた道内の消防士、自衛官、警察官、医師、心理士、看護師などの援助職、専門職の方 (大変申し訳ありませんが、当方はプレイセラピーの設備がありませんので、15歳以上の方に限らせていただきます) 人数:5名(先着順) 回数:5回まで無料(それ以降のセッション料金も応相談) 申込先:プレマカウンセリングルーム (011−616−2309または、premamft(at)gmail.comまで電話かメールにてお申し込みください) 震災から日数が経つのに、まだ心が晴れない…という方、 あるいは援助に入ってから、心身の調子が悪い点という方、 それは、まったく異常なことではなく、完全に正常な反応です。 今からでも、自分のケアをするのに遅すぎることはまったくありません。 どうぞ、そのためのお手伝いをさせてください。 ご連絡をお待ちしております。 2010年 03月 12日
今日は、久しぶりに真面目な投稿です。今日の朝日新聞の朝刊のある記事を読んで、あまりにもやりきれない気持ちになったので、ここに書いてみます。
朝刊のオピニオンページに、元警察官の方からの投稿が載っていたのですが、 その方が在職中の10年前に、小学生の養女に性的暴行を繰り返していた義父を逮捕したという事件があったそうです。 その女の子は、学校側に性的虐待の事実を打ち明けたそうですが、 学校側の指導記録には「つらいことにも負けない強い子どもに育てる指導をした」と記され、その他に必要な措置は何も取られていなかったそうです。 ………これを読んだときには、本当に言葉を失ってしまいました。そういう反応をした教師の共感力のなさ、危機感の欠如に唖然とするばかりです。 教師にそんな対応をされた少女の絶望感を思うと、本当にやりきれない気持ちになります。「つらいことにも負けない強い子ども」って……?まったく冗談じゃありません。 最近は、子どもの虐待死の報道が相次ぎ、その元警官の方の投稿も、その現状を憂えてのものですが、 私もスクールカウンセラーとして実感しているのですが、 日本は本当に、虐待への教育現場、行政、司法の対応が信じられないほどお粗末な国です。 私も学校に勤務しながら「これがアメリカだったら、こんなことで絶対我々が悩まなくてすむのに…」とため息をつくことばかりです。 私が住んでいたカリフォルニアでは、児童虐待は刑法違反でした。つまり、虐待は即警察の介入事案になるわけです。 しかも教師をはじめ、セラピスト、医者から果ては街の写真屋の店員に至るまで(児童ポルノ撮影の写真などがあるからですね)、何十種類もの職種が虐待の通報義務者に指定されていました。 つまり、それらの職業の人間は虐待の疑いがあれば必ず通報しなければいけないと法律で決まっていたわけです。 通報を怠ると、教員免許でも医師免許でもすぐに剥奪される恐れがあるので、少しでも虐待の疑いがあれば通報義務者は何のためらいもなく通報していました。 その虐待が事実かどうかなど、通報者が心配する必要はまったくないのです。それを調査するのは通報を受けた側の仕事だからです。 (カウンセリングを教える大学院では「児童虐待の通報」という授業は必修科目でしたし、もちろん資格試験でも必ず出題される項目でした) そして、通報を受ける専門の機関があり、そこの専門職員と警察官が一緒に虐待の恐れのある家庭に急行できるようなシステムがきちんとできていました。 性的虐待の通報があろうものなら、その日のうちにその子どもは確実に保護されます。 私は日本の専門家のツアーに付き添ってその機関の1つを見学したことがありますが、警察官の待機場所から被虐待児の兄弟が遊べる専用スペースまでが備えられ、 日本からのお客さんたちは日本との余りの差に呆然としていました。 先進国の実情を視察しに来たのに、かえってやる気をそがれてしまったようでした(笑いごとじゃありませんよね)。 きちんとした通報制度がないばかりに、 また、通報にきちんと対処するシステムが機能していないばかりに、 どれだけの虐待が社会の網の目からこぼれ落ち、子どもが苦しんでいるかと思うと本当に心が痛みます。 すべての子どもが心からの笑顔でいられる社会が早く来るように、 私も微力ながら何ができるかをこれからも考え続けようと思います。 2009年 06月 07日
セラピストの本当の役割って、一体何なんでしょうか。
これに対してはいろいろな答えがあると思いますが、私は最近、それは、「相手の力を信じること」ではないかなあとひしひしと感じています。 人は、つらい時には自分の内なる叡智や癒しの力を信じられないことが多いです。 そんな時に、本人には感じられないその人の本来持つ力を100パーセント確信するということが、何よりも大きなセラピストの仕事です。本人がいくらそれを見失っていても、確かにその力がそこにあるということをセラピストが確信しつつその人に寄り添うこと、そのことこそがその人の回復にとって何よりも大きな助けになるのではないでしょうか。 人間、自分のことは一番分からないものです。ある人に聞いたところによると、あの江原啓之さんですら、自分のことは全然分からないんだとか(笑)。ましてや我々のような平凡な人間はなおさらです。 だから、癒しというのは本来一人ではできない作業なんだと思います。 自分を癒す力は、どんな人の中にも必ずあるんですよね。 ある個人的な出来事がきっかけで、こんなことをつらつらと考えてしまいました。 2009年 01月 26日
不思議なことに今回の旅行では、現地でも日本に戻ってきてからも時差ボケがありませんでした。
これはきっと、私の中がさらにクリアになってきていることと関係があるんだろうなと思います。 ・・・というか、出発前の方がある意味時差ボケしていたのかもしれません(笑)。夜更かし朝寝坊の生活パターンが改善されて、何だかすごく調子が良いです。 帰国以来すでに10人近い方とのセッションを終えましたが、ほとんどの方のプロセスが前よりもさらに深まった印象を受けました。これまで決してたどり着けなかった自分の中の深いリソースを感じたり、胸の中にしまいこんできた痛みに触れてそれを涙で洗い流したり・・・といった感動的なシーンに数多く立ち会わせていただいています。 そして私は確信しているのですが、これは、私自身が米国で自分のセルフケアに力を注いできたことと無関係ではないはずです。 セラピストである私が、自分の中をクリアにすればするほど、自分自身が楽になればなるほど、私のところへいらっしゃる方たちの癒しのプロセスも深まっていく。 これは実は、当たり前のことなのですね。 私は「自分の身を削って人に奉仕する」という考え方が嫌いです。 米国で働いていたとき、私の上司の一人がまさにそういう人でした。 ホームレスの子どものための素晴らしい施設を運営していて、子どもたちに愛情を注ぎ、子どもの母親たちや周囲の人たちからはまるで神様のように思われていましたが、内面はとても不幸な人でした。そして周囲に良い姿を見せている反動が、我々生活を共にしているスタッフの方に全部跳ね返ってきていました。今回の渡米では本当に偶然、その時代に苦楽を共にしたインターン仲間に再会したのですが、彼女もそこでの体験の過酷さをしみじみと振り返っており、我々は2度とその施設に足を向ける気になれないという点で完全に意見が一致しました(笑)。子どもたちは本当に恋しいのですが・・・。 人間はそのように、どこかでバランスを取らなければ生きていけません。私のかつての上司のように、自分を犠牲にして人に尽くしてストレスをため、それを部下に向けて発散するというのは、結局本人にも周りにとっても不幸なことです。 私のところへ来る方の中にも時々、「自分だけがこういう場所に来て妻が来ないのは妻に悪い」などとおっしゃる方がいますが、 セルフケアに力を注ぐということは、利己的なことではありません。 すごく極端に言えば、自分が不幸であることは社会に対する不正なのです。 世の中で犯罪を犯している人々を見てください。彼らは皆とても不幸で絶望していたり、激しい怒りを抱えていたり、強い自己不全感を抱えていたりしています。そして私はいつも思うのですが、彼らは彼ら自身の個人的な不幸を犯罪という形で体現しているだけではなく、私たち一人一人の意識に潜む怒りや不幸や絶望を凝縮して表現してくれているような気がするのです。そういう意味では、私たちの誰もが社会で起きている悲劇に責任の一端があるはずです。だから幸せな人間が増えれば、その分世の中から犯罪が少なくなるに違いありません。 それだけではなく、本当に幸せな人は、必ず周囲の人間も幸せにします。 自分のニーズを大事にすることは、周りの人にも彼らのニーズを大事にしてよいのだというメッセージを伝えることです。そしてこのことは、特に人を助ける職業の方たちに知っておいていただきたいと思います。 ・・・なんだか書いているうちに熱くなってきてしまいました(笑)。 今日もこれから5人の方と楽しくセッションです。その合間にしっかり自分の鍼の先生のところへも行ってきます。セルフケア、セルフケア(笑)。 2008年 09月 12日
最近、ちょっとした必要に迫られて、家の荷物をいろいろと整理しています。
押入れを引っくり返したりしているのですが、案の定、あちこちからいろんなものが出てきて、手を止めて見入ってしまうことしばしば。全然作業がはかどりません(笑)。 先日は、アルバムが一杯詰まっている棚を引っくり返しました。ほんのちょっとめくってみただけですが、本当にいろいろな場所の写真が出てきて、自分の放浪癖に我ながら呆れてしまいました。学生時代は「10万円で行ける海外旅行」と称して、しょっちゅう東南アジアに貧乏旅行に出かけていた一方、東南アジア青年の船という政府主催のプログラムに参加して、高級客船で豪遊したりもしましたっけ。私はバブル全盛期に学生時代を過ごしたのですが、本当にバブルだったなあとしみじみ感じたのは、学生仲間で毎年お店を借りきって開いていた盛装クリスマスパーティーの写真が出てきた時です。当時はそういうことが当たり前でしたが、今どきそんな生意気な学生に出会ったら、絶対に友達になりたくないと思うに違いありません(笑)。あの時代はやはり、ちょっと異常だったと思います。 また別の日には、本棚を整理していたら、新聞記者時代に執筆を担当した「朝日キーワード1998」というちょうど10年前の用語解説本が出てきました。そこで私は、当時盛んに言われ始めた「心の教育」という言葉を解説していて、もうすっかり忘れていたのですが、保健室登校やスクールカウンセラーについてもいろいろと書いていたのです。10年後によもや自分がスクールカウンセラーをやっているとは、当時の私は想像だにしていなかったと思うと、人生って面白いですね。 そして極めつけは、昨日、まったく思いがけない場所から出てきた、9年前に英国に滞在していた時にある人にあてて書いた長文の手紙のコピーを見つけたことでした。そこには、当時の私のつらさ、苦しさが綿々と綴られていました。しょっちゅう死ぬことも考えていたようです。そんな手紙を書いたことすらほとんど忘れていたので(しかもコピーを取ったことなど全く覚えていなかったので)、これには本当にびっくりしました。 そうです。私はほんの10年前まで、表面上の華やかな経歴や交友とは裏腹に、心の底にはいつも深い闇を抱えていたのでした。よく考えたら、朝目覚めたときに1日を心から歓迎したことなど全然なかったような気がします。 それが今の私は、毎朝目覚めて、カーテンを開けるのが楽しくて仕方がありません。胸をふさがれるような重い気持ちにとらわれることもないし、先の見えない真っ暗闇のような絶望感に襲われることもありません。もちろん日々起こる日常の小さな困難に怒ったり悲しんだりしている自分はいますが、それでも、心の奥底には人生に対する感謝と愛情が途切れることなく流れている気がします。 いったん楽になってしまうと、過去の苦しみというのは容易に忘れてしまうものです。私もそうでしたが、今回昔の自分の手紙を突き付けられて、自分がいかに苦しんでいたかをはっきりと思い出しました。そして、私をここまで癒してくれた周囲の環境と、支えてくれた数多くの人々に対する感謝の気持ちがあふれてきました。さまざまな人と場所との出会いに恵まれなかったら、私は今の私では決してなかったと思います。 それと同時に、ここまで自分を楽にした一番の功労者は、やはり自分だと感じたのも事実です。 自分を癒すというプロセスは、本当に苦しい作業でしたが(今思い出しても、私は同じことを2度やれる自信がありません)、でも、どんなに苦しくても、絶望のどん底に突き落とされても、「絶対に今より楽になってやる」という強い意志はいつでも変わらず持ち続けていました。その意志がなければ、いろいろなサポートに導かれることもなかったでしょう。だから、有森選手ではありませんが、本当に自分をほめてやりたいと思います。 そして、あの手紙を読んで、なぜ私が今の職業を選んだのかもはっきりと思い出しました。 私は、どんな苦しみからも解放されるということを、自分の身を持って知っているので、だから同じ立場の人のお手伝いができると思ったんだなあと。これは以前にも書いたかもしれませんが、私は従って、私のカウンセリングルームのドアをたたく人が、どんなに重い症状に苦しんでいてもまったく気にしません。私が唯一気になるのは、その人の「癒されたいという意志」です。それさえあれば、私が手伝えることはたくさんあります。逆に言うと、どんなに医者やセラピストめぐりをしても、心の底で実は癒されたがっていないとすれば、他の人が手伝えることはほとんどありません(そして世の中には、心の奥底では癒されることを望んでいない人もたくさんいます)。 この「本当は癒されたくない」という気持ちについては、そのうちきちんと書いてみたいと思っています。今日のところは、ここまで癒しの意志を持ち続けた自分と、そして今癒しの旅路の真っ最中にある皆様に、心からの称賛を捧げたいと思います。 たまには人生の棚卸しもいいものだなあと思った出来事でした(笑)。 2008年 04月 30日
こういう仕事をしていると、クライアントの方たちから、実にさまざまなことを聞かれます。
中には、私の友人や家族が聞いたら大爆笑しそうな質問も・・・。 「先生でも、怒ることってあるんですか?」 「先生でも、生きるのがつらいことってありましたか?」 ・・・はい、いっぱいあります(笑)。 私がいかに短気で、ちょっとしたことでくよくよ思い悩み、大騒ぎしていることが多いかは、私の身近な人々ならば誰でも知っています。 でも、昔はもっとひどかったんですよ。 私がセラピーの勉強を始めたりして、自分自身に向き合おうと思ったのは今からちょうど10年前でした。 そのとき誰かに「自分を見つめ直す作業は10年はかかるよ」と言われて、うんざりしたのを覚えています。 ・・・でも、今振り返ってみると、本当にやってよかったと思います。 昔の私は、自分が嫌いでたまりませんでした。自分が嫌いだと、どうしても周囲の人からの評価に頼ってしまうので、がむしゃらに勉強し、働き、いつもへとへとでした。 でも今の私は、当時のそんな自分が不思議に思えるほど、自分のことを素直に受け入れています。 そして、「何もせず、ただいるだけ」の幸せをしみじみと噛みしめることが多いです。 それに、もっと良かったのは、この状態に達するのに10年も必要なかった(笑)。 たぶん、5年目くらいにはかなり楽になっていたはずです。 もちろん、そこに至るまでは、幾度も本当に暗い淵をのぞきこむような体験もしましたが、 それをやったお陰で、昔とは比較にならないほど、生きるのが楽になりました。 なので、私は、自分の経験から、私のところへいらっしゃるクライアントの方がどんな状態でも、まったく心配していません。 一番大変なのは、「自分を癒そう」という決意をすることです。これは、私を含め、他の人がどんなに頑張ってもできない。自分で決心するしかないのです。 そこの覚悟さえできていれば、どんなに時間がかかっても、途中で前より悪くなったように思えても大丈夫です。あなたは確実に正しい道にいるし、必要な助けはすべてやってきます。 人生は長いのですから、今、楽になりましょう。 経験者からのメッセージでした(笑)。 ![]() 北海道神宮は今、梅が満開です。桜よりも後に梅が咲くのって、いかにも北海道らしくて私は好きです。花としては桜の方が好きですが(笑)。 2007年 12月 29日
カウンセリングルームは、12月30日より、1月3日までお休みします。
1月4日より通常営業を再開いたします。 2007年 12月 29日
ついさきほど、今年最後のクライアントの方とのセッションが終わりました。
今日いらした5組の方は、外国籍の方から家族セッションまでバラエティに富んでいて、とても楽しい仕事納めになりました。 こんな多様なお客様で一年を締めくくれるなんて、来年に向けてなんだか幸先が良い感じです。 今年一年、私のちいさなカウンセリングルームを訪れてくださった延べ〇百人の皆様、本当にありがとうございました。 自分の内面を見つめることは決して生易しいことではありません。その旅路に果敢に取り組んでいる皆様は、真の意味での英雄だと思います。 私の方が逆に、皆様からたくさんの勇気をもらいました。 来年が、皆様にとって素晴らしい一年になりますように。 < 前のページ次のページ >
|