明るい鏡~本当のわたし、そしてあなたを映し出す

札幌のトラウマセラピスト、藤原ちえこのブログです。癒しにまつわる話、日々の出来事、宇宙のしくみ、特別養子縁組で迎えた我が子のこと等々、雑多に気まぐれに書き綴っています。(当ブログはリンクフリーです。皆様のお役に立てればとてもうれしいです) プレマカウンセリングルーム ©2007-2018 Chieko Fujiwara 

地震で気づいたこと その3〜何よりも大切なのは、人とのつながり

前回の記事の続きです。
災害時にもっとも大切なことは、水でも食べ物でも寝る場所でもないとわたしは思っています。

それは、孤立しないことです。
(ここ、最大の強調)


1994年に起きたロサンゼルス大地震の時にもっともトラウマを受けたのは、中流家庭以上の人でした。
つまり、倒壊しなかった頑丈な家に閉じこもり、テレビで地震の被害状況を見て、
「もっと大きい本震はこれからくる」という地質学者たちの解説を聞いていた人たちです。

反対に、集まって野宿し、共に歌ったり踊ったりしながら震災を乗り越えたアジアや南米からの移民の人々の間では、PTSDの発症率が低かったといいます。


災害時のコミュニティの役割は本当に大きいです。
避難所は、ライフラインの確保以上の役割も果たしていると私は思います。
避難所に行けば、生身の人間が大勢いるわけですからね。


災害時に孤立しないことの重要さは、仕事柄もちろんよく知ってはいましたが、
今回、実際に被災してみて、まさに骨身に沁みました。


我が家は、揺れはしたものの、停電以外には特に被害もなかったし、食料は豊富にあったし、そのまま在宅し続けても特に困ることはなかったのですが、
やはり、娘と2人だけで家に閉じこもっていると、どこか不安が頭をもたげました。


そんな時、前回もポストしたように、行きつけのカフェが無料で食事提供をしていると知り、ガソリンの残りを気にしながらカフェに行き、そこで最初の夜を過ごしました。


ただ何人かで集まり、一緒の時間を過ごす。
それだけなのですが、その安心感はすごかったです。



それを痛感したのが、翌日の夜でした。
翌日は一日、冷蔵庫の食材整理や、良い機会だと思って始めた家の整理整頓に終われ、一日が終わる頃には疲れ果ててしまったので、どこにも出かけなかったのですが、
一日、誰とも会わずに娘とだけ過ごしていたら、日が暮れる頃になって猛然と不安と焦燥感が押し押せてきました。


すでに電気も復旧していたし、生活面ではなんの問題もないはずだったのですが。


もう娘も寝てしまったのでそのまま自宅にいましたが、
正直、その晩は不安と気分の落ち込みでほとんど眠れませんでした。



やはり非常時には、孤立してはいけない。
それを痛感したので、その翌日は絶対に誰かと過ごそうと決め、
友人たちと一緒に、石狩浜にデイキャンプに行ってしまいました。

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さすがに震災2日後に海に遊びにくる酔狂な人はほとんどおらず(^_^;)、週末なのに貸切状態の海。


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バーベキューをしました。


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夕陽がとても綺麗でした。


わたしが専門とするトラウマ療法では、トラウマを自律神経系の調整不全ととらえていますが、
地震のすぐあとに、誰かと一緒に楽しい時間を過ごすことほど、神経系を落ち着かせてくれるものはないんだと実感しました。
とてもほっとする、良い時間でした。
あの浜辺キャンプが、わたしの心身を日常生活に戻らせてくれる大きなきっかけになった気がします。


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もう一つ、人とのつながりの大切さを痛感したのは、情報網です。

震災直後は、まったくの善意から、さまざまなデマ情報が飛び交うものだということを身をもって経験しました。
「市職員からの情報。小樽で10時半から断水する」
「知り合いの消防士からの連絡。午前8時に大きな揺れが予想される」
「NTTの知り合いからの情報。携帯もラインもあと4時間で使えなくなる」


これらはすべて、わたしが実際に保育園の保護者のラインでで受け取った情報です。

・・・結果、全て事実ではありませんでした。


上記の情報は全て、二次情報、三次情報です。
一応「市職員から」「消防士から」「NTT職員から」などとソースが書いてはありますが、実際に消防士さんが直接くれた情報でもなんでもない。
しかもちょっと考えればわかることですが、復旧作業に忙殺されているそうした関係機関の職員が、わざわざ個人的にそんな情報を流すとはとても思えない。

最初にそうしたデマ情報を流す人がどのような意図でそうするかは分かりませんが、
それを受け取った人々のまったくの善意から、誤った情報が拡散されていく。

そういう仕組みになっているんだということがよく分かりました。


災害時にはデマの拡散はつきものです。
デマの拡散の片棒を担がないよう、日頃から自分の内側に耳を澄ませるくせをつけようと決意を新たにした私でした。



逆に、本当に役に立ったのが、友人、知人からの一次情報でした。


私が所属している、山と自然を愛好する女性たちの会のフェイスブックグループでは、
メンバーたちが逐一、自宅の復電状況や近所のスーパーやガソリンスタンドの混み具合、道路の陥没など、自分で足を運び、目で確かめた情報をアップしてくれていました。
電気の復旧が遅れていたり、地下水を組み上げるモーターが電気のために断水している人に対しては、
「うちにお風呂入りにおいで!」「水届けるよ!」「携帯充電しにおいで!」とすぐに手が差し伸べられました。
本当に心強かったです。


個人的にものすごく助かったのは、ガソリンスタンド情報です。

震災直後から、札幌市内のどこのガソリンスタンドにも20台、30台と車が並び、
3時間待ちは普通で、しかも給油リッター数に制限があるスタンドがほとんどだったと思います。


わたしは、何時間も並んでまでガソリンを入れるくらいならば家で過ごしたいタイプなので、そうした列には並びませんでしたが、
二日目に、いよいよガソリンが危なくなったので、FBグループで呼びかけたところ、
すぐに「レギュラーガソリンなら除雪機から5リットルくらいあげられるよ!」というありがたい返信があり、
前回の記事にも登場した、家庭菜園の野菜をリュックに入れて自転車で街をパトロールしていた頼もしいメンバーから、
「〇〇条〇〇丁目のコスモ石油が空いてるよ!」という書き込みがありました。
早速そのスタンドに車を走らせたところ、
なんと、待ち時間ゼロで、しかも満タンに入れてもらえました。
店員さん曰く、「いや、さっきまで長蛇の列だったんですけどね」。
確かに、わたしがガソリンを入れてスタンドを出る頃には、再び5台ほどの車が並び始めていました。
(ちなみにこの時も、近所のスタンドはどこも長蛇の列でした)

本当に役に立つのは、いつでも、直接それを見聞きした人からの情報です。
そして、そういう情報を得るためには、人とのつながりが不可欠なのです。


私は大変な人見知りなので、なかなか友人の数が増えないのですが、
やはり、いざという時に頼りになるのは、遠くの親戚ではなく近くの友人なのだということが、今回の震災を通じてよく分かりました。


そして、震災があったからこそさらに親しくなれた人たちもいます。


たとえあなたに友人が少なくとも、災害は、親しい友人を得るチャンスです。
緊急時には、たいていの人が普段より優しい気持ちになり、進んで助け合おうとするものですからね。

だからみなさん、どうぞ、災害時には積極的に人とつながろうとしてくださいね。



今も被災している皆様のご無事を心よりお祈り申し上げます。





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by premamft | 2018-10-17 16:31 | 震災
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